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2014年6月10日 (火)

サロンカーなにわと梅小路蒸気機関車館

ジョイフルトレインサロンカーなにわを使用した団体列車が運行されましたので

撮影に行きます。

ではどうぞ

いつも通り南海とJRを乗り継いで撮影地に向かいます

今回向かったのは

山科の琵琶湖疏水の所です。




寝坊もしてしまったのでギリギリの到着です。


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昔からの有名撮影地ですが今回は5名ほどでした。




サロンカーなにわはこれにて終わり

追いかけも出来ましたが

やる気が出ず

京都に戻ります。


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向かったのは

梅小路蒸気機関車館

国の重要文化財に指定されています。

さらに準鉄道記念物に京都市の有形文化財の指定がされています。

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この日のスチーム号がD51 200でした。




それでは展示車両を見ていきましょう


まずは梅小路運転区の留置線に置いている車両です

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D51 1

D51のトップナンバーです。

1935年川崎車両製造です。

初期型の特徴が煙突から砂箱までを覆うキセです。

ナメクジと呼ばれています。

ちなみに22号機と23号機はさらにキャブまでキセがありスーパーナメクジやおおナメクジと呼ばれています。


Img_6961

D51の前に展示されているのがC11 64です。

1940年に川崎車両で製造されました

最初は西日本の都市部の快速列車等を牽引していました。

特急と張り合うほどの俊足を発揮したそうです。


しかし気動車が普及されると

全国各地のローカル線の運用につきました。


長崎では短い区間でしたが寝台特急さくらを牽引していました。


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C11の前に展示されているのがC55 1です


1935年に川崎車両で製造されました。

幹線・亜幹線向けの中型蒸気機関車です。

製造から2年後により強力のC57が製造されたので

目立った運用はされていません。

しかし使い勝手もよく丙線にも入線可能でしたので長期間に渡り運用されました。


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C62 2

1948年に日立製作所で製造されました

主要幹線の優等列車の牽引をしていました。

東海道の花形つばめ

山陽のかもめやあさかぜ、安芸

東北・常磐のはつかりやゆうづる、みちのく、十和田

函館本線のニセコ

と優等列車を中心に運用されていました。


C62 2はデフにつばめマークが取り付けられています。

しかし2号機は調子の良い機ではなく余り運用に入っていなかったそうです。

Imgp2144

C62のトップナンバーのC62 1も保存されています。

1948年に日立製作所で製造されました。

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動態保存のC57 1と8630です。

C57は1937年に川崎車両で製造されました。

C57は定期検査明けでしたのでキレイな状態でした。

C57は普段山口線のSLやまぐち号の牽引しているので

梅小路には余り居ません

8630は1914年に汽車製造で製造されました

通称ハチロクと呼ばれています。

客貨両用に効率よく使用できたので長く使用されました


「鉄路あるところ、ハチロクの機影見ざるはなし」

と形容されていました。



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9633

9600形蒸気機関車です。

1914年に川崎造船で製造されました。

国鉄において最後まで稼動した蒸気機関車です。

8600形は客貨両用でしたが9600形は貨物専用です。


9600形は高速運転は苦手ですが牽引力は最強です。

室蘭で行われた試験で3000tの引き出しに成功させています。

運用も制限も無く後継機も開発されませんでした。



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C61 2

1948年に三菱重工業で製造されました。

D51のボイラーを流用した急行向けの蒸気機関車です。

機関助士の作業軽減のため日本で初めてメカニカルストーカーを搭載しました

しかし火室の石炭が均等にならないので機関助士の作業はあまり軽減されていなかったようです。



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C58 1

1938年に汽車製造で製造されました。

もともとはSLやまぐち号の牽引機でしたが

ボイラーの老朽化による故障も続き引退しました

静態保存に伴いお召し列車の装飾を再現されています。




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D50 140

1925年日立製作所で製造されました。

乗務員の評判はよく一部の機関区では後継機のD51を拒否し

D50を使っていたそうです。

キャブの大きさもD50の方が大きく乗務環境が全くちがったようです。



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D52 468

1946年に三菱重工業で製造されました。

D52は戦争に勝つまで持てばいいと粗悪な素材や木材等の代用材で製造された機も少なくなく

本来の出力が出せない機もいたそうです。

さらに製造場所によって多少の設計変更も認められていたので

製造場所の違いで微妙に違っていたりします。


戦争もおわり貨物輸送よりも旅客輸送が多くなり

50両を使用し上で紹介したC62に改造されました。

なおC62は49両製造されました1両はD52を2両使い製造されたためです。


さらに軸重を軽減し乙線に入線可能のD62に20両改造されました。

残りの車両は代用材を標準材に変更しボイラーも新造されました。



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C59 164

1946年に日立製作所で製造されました。

C62が出てくるまでは特急等の優等列車を牽引していました

現場の評判もよくC62登場後もお召し列車などの牽引をしていました。


晩年は糸崎機関区に配置され瀬野八の補機にされています

この164号機には自動開放装置が残されています。



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C53 45

1928年に汽車製造で製造されました

木造客車から鋼体客車へ改造や新造されましたが

重くなった影響によりC51だと牽引できないとの事で開発されたのがC53です

戦前の上り燕、下り富士の名古屋以西の運用についていました。

これにて蒸気機関車は終了



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保存車両ではないですがDE10-1118

旋回窓つきの寒冷地仕様です。

主に工臨や入換に使用されています。



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オハ46

旧型客車といえばこれが主流です。

扉はHゴム支持に交換されています。

乗れると思いましたがガッチリ鍵がかかっていました。




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一部の機関車はキャブ(運転台)の中に入れます。

C58 1のキャブの中です

元々北見機関区でしたので

圧力計等の計器検査は苗穂工場で行われていました

なので表記もそのままです



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実際に使用されていた機関車をそのままの姿で保存展示されていますので

使い込まれています。

真鍮のバルブもこの通りです。



それでは動く蒸気機関車を撮影します

Img_7008

SLスチーム号です。

Img_7028

普通に撮っても面白くないので

流し撮りしますが速度は出しませんので

高難易度です。


60枚ほど撮って見せれる程度のはこの2枚だけ

この2枚も納得はしていません

非常に難しいです。


それでは梅小路蒸気機関車館をでて帰ります



Imgp2172

京都駅前のバス待機場に西日本JRバスが2台

両方ともに高雄・京北線です

一般車は京都か近江今津しか見れません。




とても天気もよく撮影日和でした。




See You Next Time.

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